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大阪のウェブデザイナー・コワーキングスペース運営者のブログです

書評『正しいものを正しくつくる プロダクトをつくるとはどういうことなのか、あるいはアジャイルのその先について』

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先月、私が運営しているJUSO Coworkingギルドワークス株式会社代表・市谷聡啓さんから新著『正しいものを正しくつくる プロダクトをつくるとはどういうことなのか、あるいはアジャイルのその先について』をご恵投いただき、夏休みの間に読ませていただいた。その感想をここに共有したい。

なお、この文章を読んでいる方に先に知っておいていただきたいことがあるので書いておく。

  • 筆者は著者・市谷氏が代表を務めるギルドワークス株式会社の取引先である。
  • 先に書いたとおり、筆者はこの本を賜ったのであって、購入したわけではない。
  • 筆者はギルドワークス株式会社との仕事を通じて、デザイナーとしてアジャイル開発の現場を経験したことはあるが、決して数多くの事例を経てきたわけではない。

以上ご留意の上、読み進めていただきたい。

本書の概要

本書は、数多くの現場でアジャイル開発を実践し、コミュニティ活動や講演活動を通じて思索を繰り返してきた著者による、アジャイル開発プロセスの解説書である。

氏の前著『カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで(新井剛氏との共著)』では、とある開発者を主人公に据えた物語を通じてアジャイル開発の導入と実践を入門者にも分かりやすく示した。

今回はより体系的にアジャイル開発とその実践についての知識・プラクティス・そしてバックボーンとなる考え方についてまとめてある。『カイゼン・ジャーニー』のおもな想定読者であるアジャイル入門者でなく、一度アジャイル開発を導入・実践しようとしてうまくいかなかった経験をもつ人や、その入口で足踏みしてしまっているような人に向いているように思えた。

失敗の体験・ぶち当たった壁に基づいた構成

著者の提唱する「仮説検証型アジャイル開発」は

  1. 価値探索のループ
  2. MVPの特定
  3. アジャイル開発のループ
  4. できあがったプロダクトの検証から、再び価値探索へ

以上のプロセスを繰り返すものである。時系列に沿って解説するならば上記の順番で論を構成すればよいのだろうが、本書ではそうした構成は取っていない。これは著者の「失敗とつまづきの経験」を辿るための構成だからだ。

本書でも述べられている通り、アジャイル開発というのは定型化されたメソッドではない。その実践のための様々なやり方(とくに本書ではスクラムが多く取り扱われている)も、決して手順通りにやればうまくいく、といった「術」ではない。

だから、本書で紹介されるひとつひとつのプラクティスには「それをおこなうことにした背景」がセットになっている。そして、その背景の多くは困難であり失敗体験である。立ちはだかる壁を手探りで乗り越え、また次の壁に当たる…その筋立てを追っていくうちに、著者がたどり着いたひとつのアジャイル実践のカタチが浮かび上がる。本書はそうした構成を取っている。

「正しいもの(正解)は存在しない」からスタートする「正しいものづくり」への旅

本書のタイトルとなっている「正しいものを正しくつくる」という言葉は、著者が代表を務めるギルドワークス株式会社のスローガンでもある。

「正しい」という言葉は危険物である。プロダクトづくりに関わったことがある人であれば「プロダクトづくりに正解なし」は多くの人が実感するところであるし、だから「これが正しい」と言い切ることはともすれば非難の対象になりやすい。

「絶対的な正しさがあるので、それを見つけ出そう」ということではもちろんない。

上のように、もちろん著者もイントロダクションから「プロダクトづくりには正解がない」ことを明示している。しかしその後に続く一節が印象深い。

この言葉(筆者注:正しいものを正しくつくる)に価値が生まれるのは問いにしたときだ。「正しいものを正しくつくれているか?」

正解がない世界では、自分たちがやっていること、向かっている方向が、誤っていないか問い続けるしかない。状況を漸次的に進めることから学びを得て、それに適応し、また漸進する。これが不確実性の高いプロダクトづくりで求められることだ。

 絶対的に正しいものはない。でも、だからこそ、不確実性に支配された暗闇を進むには「正しいものを正しくつくろう」という理想、そういった松明のようなものが必要だ。そしてそれは一緒に仕事をする人たちと分かちあい、守っていかなければいけないものだ。これは私たちデザイナーにとっても同じことである。

本書には不確実性の海をわたる人を照らす、理想という灯り(ふけば飛ぶような心細い灯りである)をより強いものにするための実践例・思考の例が数多く紹介されている。ソフトウェアをはじめとするデジタルプロダクトが話の対象ではあるが、ここで紹介されている考え方のいくつかは、デザイナーはもちろんのこと、さまざまなプロダクトづくりに関わる人々にとっても参考になるのでは思う。

アジャイル、概要は知っているよ」「やってみたけどなんだかイマイチだった」そんなエンジニア諸兄はもちろんのこと、もっといいデザインプロセスを求めている、そんなデザイナーにも手にとっていただきたい、そんな一冊であった。 

正しいものを正しくつくる プロダクトをつくるとはどういうことなのか、あるいはアジャイルのその先について